しいねちゃんとグラウのドキドキお料理教室
それは少し前、まだ『色々と、色々な事を知らなかった頃』の話
過去何度か料理に挑戦しようとは思っていたのだが、その度に台所を半壊させては出入り禁止を食らっていたので半ば諦めかけては居たのだが……
やっぱりこのままではまずいと思い立ったのが今朝の出来事。
「向いてないとは言われたが、作ってもらってばかりではどうもな」
「そういうことならしいねちゃんにまかせなさい♪」
今までの経験から断られないかと不安だったのだが、そんな不安はどこへやら、しいねはドンと胸を叩き二つ返事で快く頷いてくれた。
早速と材料を揃えてから学園の調理室に場所を変えステンレス製の台の上に肉や魚、野菜、玉子を並べて行く。
「まずは……そうだな、簡単な物から頼みたいのだが」
「なら卵焼きかな、得意料理の一つだし。手順は簡単、こんな風にかき混ぜた卵を入れて焼くだけ」
なるほどそれなら簡単そうだと納得する間にしいねは玉子を手に取り、殻を割るために小振りのボウルの縁にカラをぶつけ、小気味よくない音を立てた。
ぐし。
「……」
「失敗失敗、大丈夫、よくあることだから」
中途半端に割れた玉子のヒビに親指を突っ込み、無理矢理穴を開け中身を落とす。一緒に入ったカラを摘んで取り出そうとするも、途中で黄身が壊れて底の方が見えなくなり、上手くいったのは上の方だけになった。
結果そのまま熱したフライパンの中に移し、箸でかき混ぜて焼き始める。
香ばしい良いにおいをさせた卵は黄色から茶色へと変化し、焦げ臭くなり黒い何かへと変わっていく。
「うん、これなら大丈夫。さあ、次はグラウの番!」
達成感で満ち足りた表情をしているが本当にこれで良いのだろうか?
何か重大なミスをしているような気はしたが、方向性は間違っていないだろうと教わった事を真似ねてみる。
空のボウルに玉子を割るが力加減がおかしかったのか、黄身が半壊しカラごと落ちてきた。
なるほどなかなか難しい。
結局、焦げないようにと気にしすぎたせいか生っぽい物にしかならなかった。
慣れていないとこんな物なのだろう。とりあえず出来上がった玉子焼きは皿に移し、隣のテーブルに置いておく。
溜息を付きたくなるような代物を前にしいねの反応は違った。
「うんうん、上出来」
「そ、そうか?」
「何も壊さなかったし、進歩してるよ!」
「そういって貰えるとありがたい」
難色を示されなかったことに内心ホッと胸をなで下ろしていると、しいねが更にテンションをあげ笑顔で一気にレベルを上げてきた。
「じゃあ次はカレーにしよう」
「……え?」
今まではまだまだ始まりに過ぎなかった訳で……。
野菜やらを切って炒める。
それがこんなにも大変なことだったとは。左手を絆創膏だらけにしながら、そろそろ旋剣で回復すべきか真剣に悩んでいると、隣で魚を切るのに格闘していたしいねが困ったように声とも溜息ともつかない音を発した。
「うっ、くっ、これは……なかなかっ、むずか、しっ」
どこからか調達してきたのか、冷凍のカツオの頭と胴を切り離すべく思い切り包丁を叩き付けている。一言ごとに刃物を冷凍カツオをに叩き込む姿はなかなかに猟奇的でホラーだが切れないのだから仕方がない。
少し考えてから打開策を提案してみる。
「包丁……とか?」
「それだ! 確かに家庭科室のは切れ味がいまいち、やっぱりマイ包丁じゃないと♪」
最初からそうするべきだったとばかりに、どこからともなく取り出したのは、他ではあまり見られない程に大降りな刃を持った包丁だった。
見慣れぬ代物には間の抜けた自分の顔が反射している気がするが……幅的にそう見えるだけでもちろん気のせいだろう。
ぼんやりと眺めている目の前で高々と振り上げた包丁を勢いよく振り下ろす。
ダン! ゴッ! ダン! ダンッ! ダンッ! ダンッ! ガン!
一降りめで両断されたカツオの頭が勢いよく俺の顔面目掛けて飛んできた。
不意打ちのそれにうずくまって悶絶している間に、頭上では包丁の音が鳴り続け、まな板を傷つけたらしい音を最後に調理室内は静けさを取り戻した。
未だに痛む額を押さえつつ体勢を立て直すと、牛、豚、鳥それぞれの肉や野菜と共にぶつ切りになったカツオが鍋に投入され、白く濁った魚の目と目が合いなにやら言葉にし辛い複雑な心境に囚われる。
「大丈夫だった?」
「ああ、なんとか……一つ聞いて良いか?」
「もちろん!」
「カレーに魚をいれるのは初めてなんだが?」
「煮込めばダシになって美味しいよ、隠し味だから何いれても大丈夫☆」
カツオに直撃した頭は脳をも揺さぶっていたに違いない。
「なるほど、そういう物なのか」
あっさりと、納得してしまうに至ってしまったのだから。
続けざまに牛乳とチョコ、卵に蜂蜜、通りかかりに見つけた漢方薬的な物を好き勝手にいれ、最終的に鍋が一杯になってきた辺りでカレールーと水を思い出したように投入し一段落がついた。
後は煮込めばいいらしい。
五分ほど経過した辺りで喉が痛くなったので、窓を開けて空気を入れ換えることにする。
「っと……?」
「どうしたの、何か見つけた?」
「ああ、鶏小屋が近くにあるらしいが……」
校舎から数メートル離れた場所に金網で囲まれた小屋があるのだが、なにやら騒がしい。
大半はざわついていて聞こえないのだが、一人声が大きい男子生徒によると……ニワトリが、一匹、居なくなったとか。
「……」
二人で振り返りカレー鍋の方を見る。
鍋の中に入ってる鶏肉はちゃんと買った物なのだからして、想像力逞しいのにも程がある。
まったく持ってナンセンスも良いところだ。
「まさか、ありえないよ」
「まったくだ、そんなこと」
「コッコッ、ココッ」
不意に混ざったニワトリの鳴き声に、ピタリと笑いを止め床を見下ろす。
居なくなったと騒がれていたニワトリはここまで迷い込んできてしまったらしい。見慣れぬ景色に戸惑っている風なのはなんとまあ可愛らしい。
「おいしそー」
「!?」
聞き逃しようのない物騒な発言に足早にニワトリを回収に向かう。
確かに鶏肉は食べるが、学校で飼っている上に飼い主が居るニワトリをどうこうするのはまずい。
「と、とりあえず。帰してやらないとな……一体どうやって迷い込んできたのやら」
「美味しそうなニオイに釣られたとか?」
「ああ、なるほど」
納得しながらチッチッチと呼び寄せてみるとしいねが皿を差し出してきたので、振り返りそれを受け取ると黒い物……さっき作ったばかりの卵焼きが乗っていた。
これをあげろと言うのだろうと一欠けだけ掌に乗せて差し出すと、ニワトリは迷い無くくちばしで突きながら食べ始める。元々少量だったから、綺麗になくなるまで数秒と掛からなかった。
「やっぱりお腹空いてたんだ。カレーも食べさせるのはどうだろ」
「ニワトリに食べさせても大丈夫なのか? まあ、これで安心させてから飼い主の元へ……」
目を離したのはしいねの方に振り返り、頷いたのを確認した間の、ほんの一瞬。
その一瞬の間にニワトリはぐったりと床の上に倒れ動かなくなっていた。
「に、にわとりー!?」
「美味しすぎて倒れちゃったかな☆」
「えっ、ちょ!?」
死という単語が頭をよぎり、魂が肉体を凌駕してくれないだろうかと思った辺りで我に返るが僅かに遅い。
狼狽え困惑している間にカレーを小皿に入れたしいねが横を素通りし、抱えていたニワトリの口元へと持って行ったのである。
卵の前例があったので止めるべきか迷ったが、カレーを食べれば元気になる。否、美味しそうに食べてくれると信じ切っている表情に止める事など出来はしなかった。
「コッ、ココッ」
固唾を飲んで見守る目の前で、反射的に小皿の中身を突いていたニワトリは二度三度と繰り返す内、次第に動きに切れと早さが増してくる。
「ほら! 凄いよ、元気になった!」
「これは……! 凄いなカレー!」
「コココッ! コケッ! コケコッコーーーー!」
突然起きあがったかと思えば、鼓膜を通過し脳に突き抜けるほどの大音量で無き羽根を思い切りばたつかせ始めた。
細かい羽毛をまき散らし教室中を駆け回るのか元気過ぎじゃないだろうか?
「うんうん、沢山隠し味いれた甲斐があったね!」
「いや……なんか、おかしくないだろうか?」
捕まえるには苦労しそうだとは思いつつ、一歩を踏み出そうとしたその矢先。
「コケーーーコッ! コーーー!!」
激しい興奮状態にあったニワトリは窓に向かって一直線に駆け抜け、即へと飛び出し羽ばたいていった。
まるで、白い弾丸のように。
「すごいや! ニワトリが空まで飛ぶなんて効果は抜群っ!」
「……」
「ちょっと早いけど完成って事で良いよね」
楽しそうに笑うしいねの声を聞きつつ、意識の大半は外に注がれていた。
飛び出していった方、つまりニワトリの小屋があった方に飛び出していったのだが……―――
そこには例のニワトリを探している男子生徒が居て、見つけてしまうわけで。
「コッコ! こんな所に……コッコ? コッコ!? 一体どうし」
最後まで聞かないうちにそっと窓とカーテンを閉めて外部との接触を遮断しておく。
どうかコッコが無事である事を願うばかりだ。
「しいね、そのカレーのことだが……」
「グラウも味見どうぞ!」
「あ、え?」
振り返り様にカレーの入ったスプーンを鼻先に突き付けられ、考えるよりも早く反射的に食べてしまう。
「どう? おいしい?」
嫌な汗が全身から噴き出し、万華鏡的な無限の色彩が視界の全てを染め上げていく。
足下から崩れ落ちながらようやく間違いに気づいた。
勉強と同じぐらい、料理とは縁がなかったのだと言う事に。