詠唱調律車両銀誓行き
人狼騎士勢と吸血鬼と銀誓の三つ巴の戦いが近いと知り悩んだのは、これからの身の振り方に関してだった。
先に日本に行った時に兄のグラウにねじを抜いて貰い、おおざっぱに事情を聞かされては居たものの、騎士仲間達を残していくのは気が引ける。
トーアは寮で暮らすから戦争から離れることが出来るし、そもそも騎士ではないから参加しなくていいから大丈夫。
だが母を残していくのが気がかりだった。
見えざる狂気と父のことが影響し合って危ういところがある。灰色の髪の人と接触を避ければ問題はないのだが、何か問題が起きないとも限らない。
そんなふうに悩んでいたときだった。
「僕は大丈夫、日本に行ってきてよ」
「トーア……」
向かい合ってお茶を飲んでいた弟が、にっこりと微笑みながらそう言ってくれたのは。
「母さんの事も一人で心配しすぎだよ。僕からお店のみんなに見ててくれるように頼んだし、外に行くときもフォローしてくれるように頼んだから」
大丈夫だから安心して日本に行ってと頭を撫でられた時は涙が出そうになった。
みんなの面倒を見なければならないという思考に囚われ過ぎていたのだと自覚して、一気に肩の力が抜けた気がする。
これからは暫くは、一人の生徒として楽しむとしよう。
そう決意し、大きな鞄一つだけを持って素早くドイツを旅立ったのが昨日の話。
こんなに無計画な行動は不安だが景色の良い海沿いを走る間に何とかなりそうな気がしてきたし、実際に電車から降りた時、手の中に一枚のカードが収まっていたのを確認して少しだけホッとした。
体にかかる重さにもどかしさを感じながら表や裏を眺めてみる。
たった一枚のカードに能力が詰まっているのだと思うと、銀誓学園の技術力には驚きを隠せないが何時までもこうしているわけにも行かない。
「さて、と」
イグニッションカードを大事に内ポケットにしまい、手帳で住所と電話番号を確認。
まずは兄に日本に着いた事を連絡をして、住む場所を決めて、学園に通う準備もしなければ。何からすべきかややっておくべき事を忘れないように箇条書きで書き込んでいく。
本格的に暮らすとなると会話や言葉の壁もなかなか難儀だ。
春休みの間に上手く落ち着くかどうかは全て自分のがんばりに掛かっているのだから。
一通りまとめ終えてから手帳をしまい、足下に置いていた鞄を持ち上げると予想外の負荷に足下がふらつき大きくバランスを崩した。
「えっ、やっ、ちょ……!?」
力が弱くなるとは聞いていたがまさかここまでなんて!?
驚いて目を見開きなから、必死に体勢を立て直そうとするも力加減が解らず上手く行かない。
「―――っ!?」
鞄やら何やらに振り回された体を受け止めたのは地面でも壁でもなく。
とても背の高い、見知らぬ男の人だった。
「それでね、その助けてくれた人が吸血鬼だって知ってびっくりしちゃった。色々な種族や能力者が居るって聞いてたから知ってたんだけど、実際に会うと違うわね。あっ、親切で優しそうな人だから大丈夫よ」
『そうか……それは、よかったな。ごほっ、ごほ!』
電話で今までの経緯と到着を知らせるための説明をしていたが、溜息や咳が聞こえようやく我に返ることが出来た。
今まで来てみたかった日本に住むことが決まって、少し浮かれすぎたかもしれない。
「ごめんなさい、ついビックリして話しすぎたわ。ところで兄さんなんだか疲れてない?」
『いいや、大丈夫……少し喉が痛いだけだ』
軽く咳き込む兄に風邪だろうかと首をかしげ、珍しいこともある物だと思いながら戦争前で忙しいのだろうかと今更気がついた。
この時期はただでさえ緊張感で神経がすり減っていく物なのだから無理なんてさせられない。
「具合悪いのなら無理しないで、住所も解ってるし一人で家まで行けるわ」
『風邪じゃない、今から行くから待ってろ。むしろここからそこに行かせてくれ』
後になるにつれて懇願するような内容になっていく兄のすぐ側で、誰かが思いきり笑うような声が聞こえてきた。
この声はたぶんリクだ、どうやら何か楽しいことでも起きているのだろう。
「解った、待ってるからゆっくり来て」
つられて笑いそうになるのを堪え、一方的に伝えてから電話を切る。
日本での生活は、退屈とは縁遠い物になりそうだ。