水無月某日、七日間
「終わるまでなげえよなあ……」
あたりを見渡していた渉がカレンダーを見て深々と溜息を付く。
数秒ほど思考を放棄したまま眺めていたが、その短い間で何が変わるでもなく、諦め半分に現実と向かい合うことにしたらしい。
とは言っても差し迫った命の危機があるわけでもなく、楽しいことが起きるわけでもない。
単に、自分とその親戚の誕生日が近いと言うだけの話だ。
「今更ですよ」
「そりゃ柳はそうだろうよ、アゲハが色々やってるから」
「いまは実家を出てるので知りません。まあ蛍からそれとなく聞かれたので……何かやってるらしいとは思いますが」
溜息を隠すように温くなったコーヒーを喉の奥へと流し込み、想像以上に美味しくない喉越しに眉をひそめる。
何か仕込まれたかのかと勘繰りかけたがなんのことはない、単に眠気覚ましにと思い切り濃いコーヒーを入れただけのことだ。
「……はぁ」
「いい加減止めたら? 誰も幸せになれないだろ」
空になったカップを傾け、くっきりと残ったコーヒーの痕跡は果たして落ちるのかどうかについて頭を悩ませていたが渉の一言に顔を上げ、じとりとした目でで視線を返す。
別に怒っているわけではなく、単純に疲れているだけなのだが……渉を椅子ごと後ずらせる様な顔であったらしい。
「その台詞は儚の方に言ってください」
「無理だと思ったからこっちに来たんだって、本当に大人気ないな」
恐らく、百人中九十八人は納得するだろう渉の言葉は聞かなかったことにする。ちなみに残りの二人は自分と儚だった場合でのカウントだ。
鞄の中から紙の束を取りだし、あらかじめ計っていた通りに穴を開けていく。
「なあ、それ……?」
「和綴じ本ですよ、アゲハから貰ったと思いますが。中々便利だと嵌りまして、作り方は覚えれば簡単ですよ」
「確かに学校で珍しがられたっけ」
何か言いたげにしていたが、どうやら沈黙することを選んだようなので気にせずに開けた穴に紐を通して仮留めする。
表紙はもう用意してあるから後は紐で綴じ、仕上げをして完成だ。
「さっきの続きですが、言われなくても止めますよ」
「マジで!?」
「儚が何もしなければ、の話ですが」
ぱぁっと表情を輝かせたのもつかの間、最後まで言い終えた後にはがっくりと肩を落とすに至っていた。
「だよなあ……あー、もうさあ、子供の頃の話だろ」
確かに全ての発端は、子供の頃の話だが始まってしまった悪習はそう簡単に止めることなど出来はしない。
儚と渉、そして俺の誕生日付近に起きる、くだらないの一言に尽きるやりとりは。
簡単に説明すれば儚と渉の誕生日が六月十二日でと俺の誕生日六月十八日という近かったことを知ったアゲハがなぜだか喜び、一緒に誕生日をしようなどと言いだしたのだ。
経験者なら解るだろうが、子供の頃に誕生日を何人かで一緒に祝われるというのはあまり楽しい物ではない。まったく同じならばまた違ったのかもしれないが、近いと言うだけで日にちが開いているのだから間を取るか、休みの日に行うかのどちらかだったのだから更に酷い。
結果、誕生日付近は顔を合わせる度に牽制に近い行為に発展したり、ささやかないたずらの応酬へと発展していったのである。
「……靴底に爆竹はささやかじゃないだろ?」
「読んでる本にネタバレのメモ挟むのも中々かと」
早々に脱落した渉が一番賢い選択をしたのだろう。
逆に愚かとしか言いようがない俺と儚のやりとりは年々過激になりつつあったのだが……最終的にアゲハの怒りを買い、それぞれの誕生日の間だけに限定し、他の人を巻き込まないのと、まともなプレゼントも贈ると言うことで決着がついた。
なし崩し的にだがルールが出来てしまったのも長引いている原因かもしれない。
「なんかこう……世界から争いが無くならない根源の片鱗を見た気がする。ぶっちゃけ無駄だろ」
「言うなればこれはゲームのような物ですよ、名付けるのならエクストリーム誕生日とでもしておくとして。ゲームに無駄は付きものです」
「いや、そんな名前付けられても……」
「冗談ですよ」
「ぜんぜん笑えないし」
とうとう渉が両手で顔を覆うように落ち込み始めたが、この程度で止められる物ならとっくに止めている。
静かになったのを良いことだとばかりに和綴じ本の仕上げを終え、袋に入れて鞄に戻した。
もうすでに何冊か作っているから、これは誰かあげる分に回すべきかもしれない。
二杯目のコーヒーはもう少し薄めにしようと席を立ち、ノックの音に良い頃合いだったとカップをテーブルの上へと置いた。
「どうぞ」
「ただいまー」
「おじゃまします」
開いた戸からアゲハに続き、儚が入ってきたことで部屋の温度が一度は下がったことだろう。
目には見えないが牽制しあっている空気が確かに存在している。
「ちょうどよかった柳、まだ誕生日プレゼント渡してなかったよな」
「誕生日プレゼントではない物は幾つか貰いましたが」
目だけは笑っていない笑顔のまま儚が差し出してきた『プレゼント』とやらは白い袋に赤いリボンが鮮やかな、なんとまあ解りやすい物だった。
危険物ではなさそうだと受け取り中を開く。
何を渡してもちゃんと確認はするというのもルールの一つだったからだ。
中身は……―――
「ペットボトルに発泡スチロールのトレー……これはこれは、また良い物を。俺も渡す物がありましたっけ」
「柳からのはもう貰ったはずだけどな」
「いえいえ、そんなこと言わずに」
お礼にと手渡したのは使い終わった電池が幾つか入った封筒だ。
「これはまた……柳らしいね」
「喜んで貰えて何よりです、どうぞ貰ってください」
後は、乾いた笑顔だけが室内に響く。
「だからケンカはダメだって……」
「駄目だ、ここはもう駄目だ」
背後では渉が止めに入ろうとしたアゲハの腕を掴み、引き摺るようにして出ていく。
中々良い考えだったし、何よりありがたい。
「もう一つ欲しい物があるんだけど」
「良いですよ、なんですか」
「修行したいんだけど」
「上昇思考は良いことです、受けて立ちますよ」
足早に向かう先はもちろん道場だ。
後はまあ……推して知るべし。
このやりとりが六月十八日の日付が変わるまで続くのも、例年通りのことなのだから。